2007年 2月 
「現場で見た今の中国Vol5 ベトナム経済事情」
米の匂い漂う国ベトナム経済状況視察旅行記

社団法人 滋賀県経済産業協会主催によるベトナム経済事情視に参加することができたので、
ベトナムの経済事情の概要を旅行記のスタイルでレポートしてみた。

1、ベトナムの一般事情

国名: ベトナム社会主義共和国
面積: 32万9,560k㎡
人口: 約8,300万人 人口増加率1.33%(2005年末)
首都: ハノイ
人種: キン族約86%そのほか53少数民族
言語: ベトナム語
宗教: 仏教80%、カトリック、カオダイ教他

歴史背景:
千年を超える中国支配の後
1883年 フランスの植民地化
1945年 ベトナム共和国成立
1949年 ベトナム国成立
1954年 ジュネーブ協定により南北分割
1955年 南部で共和制成立
1965年 米軍直接介入開始
1973年 パリ和平協定
1975年 南ベトナム崩壊
1976年 南北統一(社会主義共和国成立)
2007年 WTO加盟(1月11日)
南北分割時代の国旗 社会主義共和国成立後の国旗
政治体制
 社会主義共和国成立後は政治は安定しており、現在グエン・ミン・チェット国家主席を指導者として、
1986年の第6回党大会にて採択されたドイモイ(刷新)路線を継続し、外資導入に向けた構造改革や
国際競争力強化に取り組んでいる。

外交基本方針
 1978年末より始まったベトナム軍のカンボジア侵略が、1991年10月カンボジア和平合意後は、
全方位外交の展開、特にアセアン、アジア、太平洋諸国など近隣諸国との友好関係の拡大に努め、
1995年7月米国との国交正常化、アセアンに加盟し、1998年11月APECに正式参加している。

軍事力
予算: 23億ドル(2003年推定)
兵役: 徴兵制度(18~27歳間の2年間が標準)
兵力: 48.4万人(主力軍)

経済
主要産業: 農林水産業、鉱業、手工芸品
GDP: 528億ドル(2005年IMF資料)、540億ドル(2005年ベトナム貿易促進局資料)
一人当たりGDP: 636ドル(2005年IMF資料)、640ドル(ベトナム貿易促進局資料)
経済成長率: 8.17%(2005年)
物価上昇率: 6.6%(2005年)
失業率: 5.3%(2005年都市部)
通貨: ドン(Dong)
為替レート: 1ドル:約16,000ドン
 
気候
南ベトナムは亜熱帯モンスーン気候に属し雨季と乾季に分けることができる。ホーチミンの年間平均気温26.9度
北ベトナムは温帯モンスーン気候に属し式がある。ハノイの年間平均気温23.4度、基本的なベトナム事情はこの辺にし本題に進めて生きたいと思います。 
2、ではこれよりベトナムの感想を取り留めも無く書き綴って生きたいと思います。
  今回滋賀県産業協会の主催されるベトナム経済事情視察団に参加させて頂き、2月30日~3月3日まで5日間の日程で香港14:50発のベトナム航空VN763に乗り込んだが、香港での搭乗ゲートが1階の日当たりの悪い所にあり、時刻になると先ずバスに乗り込み、少し走るとベトナム航空の機体が確認できた。150人乗り程度の小型機で機内は通路を挟み両側で6席となっており、非常に圧迫感があった。
乗客は殆どが香港人で中に台湾人、中国人がベトナム人が少数居たように見受けられた。
小生は通路側をいつもリクエストするが、この日もいつもと同じように通路側に陣取ったが、隣に席を同じくしたベトナム男性とその友達関係と思われる窓側の香港人が、広東語と英語を操り四六時中わめきたてた。
特にベトナム人は靴を脱ぎ短い足を組んで、私の鼻先に臭いが立ち上ってくるのが目視できるかと思える程の仰け反り様であった。
ベトナム人の男性第一印象: Boo! スチュワーデスの態度はマズマズであったが身のこなしが雑に感じたのは気のせいだろうか。ベトナム航空は空港使用料をケッチっているせいか香港空港内では待遇が悪かった。
 機内では嫌な思いをしていたせいか到着までの時間がやけに長く感じていた。ようやく目的地ホーチミン国際空港に到着したのは現地時間の16:30分頃となった。香港とは1時間の時差があるので約2時間少々のフライトとなった。
空港にはアメリカ軍が使用していた格納庫が並んでおり、中には軍隊の物と思われるジェットヘリが確認できた。
到着後はタラップを降りることなく機内より空港内のイミグレーションカウンターに行くことができた。
 
ここで第2回目の感想: これがこのレポートの題名になったのであるが、タイ米を蒸したような煮たような匂いが空港内に漂っていた。この匂いは一般的な日本人には臭いにしか思えないでしょうが、中国広東省に長く生活する小生には匂いと感じることができた。
入国手続きカウンターで並ぶこと約30分、結構手間取っている様子でイライラし始めていたが、取り合えず待つしか方策はなかった。小生の番が来てパスポートと入国カードそれにエアーチケットを提出したところ、
【何処のホテルに泊まるか】とぞんざいに質問されたがバックより資料を引っ張り出し、【オムニ・サイゴンホテル】と、ここは笑顔で答えた。入国カウンターを無事通過し、【何を偉そうに】と小さな声で捨て言葉を残し、
ツアーガイドの【タン】さんの待つ出口に急いで行った。
期待通りタンさんは【滋賀県産業協会経済視察団佐野様】と書いた看板を頭上高く掲げ待ち受けていた。
手を上げるとすぐさま駆け寄ってきてくれて挨拶を交わした。直ちに駐車場へと移動し始めたが、タンさんは団体客を扇動するように小生の名前を書いた看板を掲げたまま歩いていたので、タンさん!もうそれいいよと言うとカバンに片付けてくれた。ほぉ~としたような気分になた。
ホーチミン空港では現在、日本のODAにより新空港が建設中で、日系のゼネコンが落札したとタンさんが説明してくれた。 直ちにオムニ・ハノイホテルに向かった。道中バイクの多さに圧倒された。
台湾の台北、中国の広州、タイのバンコックなどバイクの多いといわれた所は一応体験したことがあるが、半端じゃない。例えるならば差し詰め暴走族の全国集会と言ったところだろうか。
都市部ではHONDA,YAMAHAが人気のブランドで、農村部では中国製が安価で人気とのことです。
若い人の間ではHONDAが一番人気で、
HONDAに乗ると女の子にもてるそうです。
ちなみにお値段は13,300,000ドン前後
JP¥で約¥100,000程だそうです。
桁が多くて頭の中が混乱するのは間違いなしです。
都市部に住む人たちの生活費ですが、
食事代 朝食10,000ドンから15,000ドン
昼食15,000ドン 夕食15,000ドンから20,000ドン
1日平均 40,000~50,000ドン 3US$(JP¥350)
1ヶ月1,200,000~1,500,000ドンとなります。
ピンと来ませんねこの桁の多いのには・・・。
ちょっと計算してみてください。1US$は16,000ドンです。
第3番目の感想:ガイドのタンさんは結構良い給料を貰っているようです。
 程無くするとオムニ・サイゴンホテルに到着、
 
ここで第4番目の感想:大きくないホテルですがロビーは結構いけてます。フロントの対応もマズマズ。
ホテル周辺は町の中心から外れている事も有りダウンタウン状態で何もなし。コンビニもない。
部屋の状態は良好で必需品はそろってました。窓の景色は近くに市場通りの屋根が見え雑然とした感じ、
このホテルで2泊することになりますが、翌朝市場を覗きましたら犬肉が山積されてました。
食文化は中国と同じ感じです。 ベトナムでは猫肉が一番の御馳走だそうです。
 話は初日のホテルに戻りますが、視察団の皆さんが初日の市内視察から戻られたようで、日本人ツアーガイドが小生の部屋に挨拶に来られ食事の段取りなど説明を受け時間になるまで部屋で待機しているとき、携帯電話が鳴り明日訪問予定の工場の方より突然の電話があり困惑、取り合えず視察団参加者Iさんに伝言を頼むとの事で
言付かったが、まだ顔も見た事のない相手に伝言を渡さなければならない。私がベトナムで知っている人は、今日出会った現地ツアーガイドのタンさんと日本からのツアーガイドのTさんのみで、そのほかは面識が無いためまず、Tさんを頼りに夕食待ち合わせ時にロビーでIさんを紹介してもらうことにした。
事無く伝言のメモをIさんに渡したが、いま電話しました。との事で何がなにやら訳分からないまま納得するしか
なかった。
全員集合したところで食事会と相成った。小生は喫煙席の円卓に着き取り合えず自己紹介させて頂いた。
 
第5番目の感想:料理は中華でした。いつも広東料理は食べているので、ちょっと期待はずれでした。
 さて、2月31日 本番の工業区の視察と工場訪問です。
ホテルより市内を抜けてホーチミン市の北へ1時間ほどのところにベトナム・シンガポールインダストリアルパークを視察し、同工業区の株式会社タカコ殿のベトナム工場を訪問させて頂きました。
日本人スタッフ6名で現地スタッフとワーカー合わせて約680名の工場を運営されていました。
機械加工による油圧ピストンポンプ・モーターの精密部品を生産されており、組立ては自社アメリカ工場で行われているとの事でした。
 
第6番目の感想:本来安い人件費を求めて途上国に進出する企業は人手の掛かる組立てをするケースが多く見られますが、タカコベトナムでは安い人件費でなおかつ少人数により効率的に大量生産し、労働生産性を高めて低コストを実現されていると感じました。特に強調されていた【仕掛品を持たない工場】という方針からも感じ取ることができます。
 
第7番目の感想:アジアは狭い。昨日のなぞの電話の発信人がここにいました。
 遡ること約8年中国広州の松下電工・万宝電気で総経理(社長)をされていたHさんがタカコベトナムの社長をされていました。ずいぶんとお世話になりましたが、タカコベトナム工場で呼び止められるとは努々思っておりませんでした。
 訪問を終えてからゴルフ場のレストランで食事と相成りました。景色はよく料理のお味も一際美味しく感じましたが、プレー費が US$80(JP¥9,600)は物価レベルから言えば大変高いと感じましたが、中国シンセンのミッションヒルのJP¥12,000 より安いと言えますが、アメリカやオーストラリアなどではJP¥2,000ぐらいからプレーできますが・・・。
 
第8番目の感想:アジアのゴルフ費は高い。安いところでタイが JP¥6,000程度ですかね。
 さて、本日2社目の訪問工場NEC/TOKIN殿を訪問しました。
ホーチミン市から北東の方角になりますが、ビエンホア市ロビンテクノパーク内でメタルコアを主材としたデバイスを
生産されております。
こちらは午前中に訪問させて頂きましたタカコ殿とは違い従業員数3,700名でメタルコアにコイル線を手で巻きあげる作業で、人件費の低い途上国によく見受けられる労働集約型産業と言って良いでしょう。
こちらでは中国アモイにもメイン工場をもっておられ、両工場間のリスクを分散する役目を持っているとの事でした。
 
第9番目の感想:作業現場は人の密度が非常に高く、作業者一人に50c㎡位の面積で懸命に立ち作業している様子は養鶏場のコックピットを連想させるほどでした。
 2月1日午前中はベトナム戦争で米軍に煮え湯を飲ませたベトナムゲリラの地下組織があったクチのトンネルを視察した。トンネル内の体験をすることができたが、息苦しく狭く人が膝を曲げ腰を落としてようやく通れる高さで、幅は肩幅より少し広い程度である。また、上り下り蛇行している為、荷物を背負ってライフルを持った米兵にはとても通れるものではありません。勿論灯りもありません。
全長200kmを超えるトンネルは蟻の巣のように巡らされ、400人のゲリラがこれを死守したそうです。また、村人たちもこのトンネルを利用しゲリラに支援物資を供給して支えたとのことで、南北分割以来20年もの間続いていたそうです。
 
第10番目の感想:フランスの植民地化による支配からアメリカとのベトナム戦争終結まで、白人世界はベトナムに対して何をしてきたのか、同じアジアにありながら米軍に加担してきた日本は何なんでしょう。
ベトナムに反日感情があっても不思議はないと思います。いろんな考えを持った人たちがいます。
平和ボケしている日本人、気をつけましょう。
観光地化され、売店ものどかな雰囲気ですが隣には爆弾の跡と思われる大きな穴が残っていました。
  トンネル入口
 ホーチミンからハノイへ
VN224 15:30ホーチミン発17:30ハノイ着のベトナム航空きに後込み一路ハノイへ!
 
第11番目の感想:ハノイは首都所在地でヨーロッパ調の建物と中国調の建物が混在しており、どちらかと言えば 中国色が強く感じられ下町では中国にいるような錯覚さえ覚えるほどでした。
2月2日9:00~市内のベトナム政府商務省貿易促進局訪問
第12番目の感想:到着後部屋に通されたが途中一回もセキュリティーチェック無しで、防犯カメラも無しの状態で良く言えば開かれた貿易促進局の感じがしたが、治安の状態が良いと判断するのは危険大と感じた。
なぜなら外人相手の物売りがいることから、貧富の差が有ることは否めなかったからだ。
 局長自ら対応していただき、皆さんより質問も有りましたが、通訳がまずかったのか的外れの返事が帰ってきて、困惑する場面もあったが、結論としては取り合えず投資は歓迎しますとの事でした。
 
第13番目の感想:共産党の幹部が配属されているようで、実務は分からないのが正直なところではないでしょうか。
 さて、気持ちを切り替えてタンロン工業区の視察です。
住友商事が開発した 工業区ですが、既に完売状態でした。
TOTO殿を訪問させていただき、貿易促進局で返事をもらえなかった所を皆さん色々と質問されていました。
訪問させて頂きましたTOTO殿社屋 タロン工業区のCANON殿社屋
広東省中山工場と同等規模と見ました。
色々書き綴りましたが次のページでは中国との比較をしてみたいと思います。
ベトナム 中国(シンセン地区)
企業形態 輸出加工型企業 来料加工企業に相当します。
投資形態 独資
土地、社屋は自社で投資が必要
村との合弁
社屋は村が投資し賃貸借契約を結ぶ
法人税 減免優遇有り 4年免税
7年まで半免
減免優遇有り 3年免税
5年まで減税
労働待遇
ワーカー賃金
JP\12,000
時間外、福利含む
JP\15,000
時間外、福利含む
宿舎 不要 必要
食事手当 300日 251日
労働待遇 528億US$(06年IMF資料) 2兆6,000億US$(06年中国国家統計局資料)
GDP/人 US$636 (06年IMF資料) US$1,700 (05年中国国家統計局資料)
人口 8千300万人(05年末) 13億750万人(05年中国国家統計局資料)
面積 32万9,560k㎡ 960万k㎡
経済成長率 8.17% (06年IMF資料) 10.7% (06年中国国家統計局資料)
物価上昇率 6.6% (06年IMF資料) 1.5% (06年中国国家統計局資料)
失業率 5.3% (06年IMF資料) 4.1% (06年中国国家統計局資料)
私有財産権 有り 無し07年3月の人民大会で一部認められる見込み
 
まとめ
 上記のように国土や国勢的にも圧倒的に中国が勝っていると言えます。
ベトナムは人口が少なく国土も狭いことから外資の投資増加により経済発展が進めば、
今後の物価上昇は加速度的に右上がりの曲線を描く事は明らかでしょう。
また、いまの環境では資本力の有る企業は進出することができますが、中小の部品メーカーは進出が難しいと 判断致します。その理由として、用地の購入と社屋の建設、付帯工事など初期投資が大きな負担になることが、大きな要因で、次に法整備がまだ充実していない様子で有ることから、今後のベトナム政府(共産党)の動向に より投資後に問題を起こす危険性をはらんでいるのは否めないからです。
 中国の場合は広大な国土と内陸から沿岸部の経済特区に、とめど無く流れ来る新しい労働力が、
20数年間急激な人件費のアップを抑制してきましたが、ここに来て内陸部と沿岸部の所得格差が内政問題となり是正をしなければならない事態に追い込まれており、急激な人件費アップが続いておいります。
また、政府の腐敗を日本に目を向けさせるために、反日=愛国を教育し続け求心力を保っている共産党の今後を考えるとチャイナリスク回避の為の中国プラスワン、または中国華南地方に近いというメリットを生かすことのできる企業と資源を求める企業はベトナム投資を前向きに考えるべきだと思います。
中国と同じ共産党の国なので、近い将来には中国と同じような路を進むことが想像されますが、
第10番目の感想でも書きましたが、ベトナム戦争に絡んだ反日感情があってもおかしくないと思ってます。
救いは国民の80%が仏教を信仰していることだと思います。このことに希望を持ちたいと思います。

最後の感想
 これまでに日本企業は台湾、韓国、フィリピン、タイ、マレーシアなどの国々に安い労働力を求めて進出してきましたが、日系企業としては10年から15年程度で競争力の限界となり、次々と安い労働力を求め生産基地を移動または増設し、今や多国籍企業と言われる企業が数多く認められるようになりました。
このような視線で見れば、日本企業は安い労働力を利用するだけの節操の無いイメージを持たれるかも知れませんが、何も無い所に工場を立ち上げる苦労は並大抵ではなく、物作りの前に工場で働ける人作りに大変なエネルギーを必要とします。次に技術指導そして工業化による経済発展、それがその国の繁栄に大きく寄与していると思っております。海外で活躍される企業には、これからも日本国という名誉ある国民を代表する企業として真摯で節度有る行動により、世界人類の生活向上と発展、真の平和の為に貢献されることを願います。

おまけ:(雑学)
越南(イエ ナム)  ハノイ 河内(ホ ヌイ)  ホーチミン: 胡志明(フゥ ズ ミン)
ベトナムは古くから中国に支配されていましたので、中国語がベトナム語になっているものがあります。
少数ですが大学レベルの人の中には中国語をしゃべる人もいます。
ホテルなどは勿論英語が主流です。

外人が集まるようなところでは通貨はUS$を要求されることが多いですが、Dongでも問題はありません。
ホテルのカラオケなどは一人US$100飲み物込み、街中のカラオケですと一人US$25~30ぐらいですが飲み物は別です。チップは別に必要でした。
しかし、外人相手の所は非常に高く街中には日本料理店もありますが、内容はもう一つ二つ三つといった感じでした。
日本式が正しいと思ってください。

物売りがパパラッチのようにバイクで追いかけてきますので気をつけてください。
できるだけ目を合わせない方が無難です。
ハノイの市場 ハノイの市場
農村部は機械化はされていませんが、
大変豊かに感じました。
街中は電気か通信か分かりませんが、
電線の嵐です。
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